人工衛星利用手続き完全ガイド:宇宙ビジネスの許認可から実務まで

 

宇宙ビジネスへの参入を検討されている方へ。本記事では、人工衛星の商用利用に必要な全ての手続きを体系的に解説します。宇宙活動法や衛星リモートセンシング法といった国内法規制から、国際的な周波数調整まで、実務で必要となる許認可プロセスを網羅的にご紹介します。

はじめに:人工衛星利用における法規制の全体像

宇宙ビジネスの急速な拡大に伴い、人工衛星を活用した新たなサービスが次々と生まれています。しかし、宇宙空間の利用には国際条約や各国の法規制が複雑に絡み合い、適切な許認可なしには事業を開始できません。

重要ポイント:日本で人工衛星を利用する場合、主に以下の法律が関係します。

  • 宇宙活動法:衛星の打上げと運用に関する許可
  • 衛星リモートセンシング法:地球観測データの取扱い規制
  • 電波法:周波数利用と無線局免許
  • 電気通信事業法:通信サービス提供時の届出

本記事では、これらの法規制を踏まえ、リモートセンシング、通信、測位、災害監視、環境モニタリング、農業支援、海洋観測、IoT連携など、各分野での具体的な手続きを詳しく解説します。申請先、必要書類、審査期間、費用感まで、実務に役立つ情報を網羅的にお届けします。

国際的な法規制と条約の枠組み

人工衛星の利用は、まず国際法の枠組みから理解する必要があります。宇宙空間は「人類共通の財産」とされ、どの国も領有権を主張できません。この原則を定めた重要な条約をご紹介します。

宇宙条約(1967年発効):宇宙活動の基本原則

正式名称「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約」は、宇宙活動の憲法とも呼ばれます。

宇宙条約第6条の重要性:
「締約国は、月その他の天体を含む宇宙空間における自国の活動について、それが政府機関によって行われるか非政府団体によって行われるかを問わず、国際的責任を有する」この条文により、民間企業の宇宙活動にも国の許可と継続的監督が必要となりました。日本では、この要請に応えるため2018年に宇宙活動法が施行されています。

宇宙損害責任条約(1972年発効):事故時の賠償責任

人工衛星やロケットの打上げによって生じた損害について、発射国が無過失責任を負うことを定めています。これは民間事業者の活動による損害でも、最終的に国家が責任を負うという重要な原則です。

条約名 主な内容 日本への影響
宇宙条約 宇宙の平和利用、国家による許可・監督義務 宇宙活動法の制定根拠
宇宙損害責任条約 発射国の無過失責任、損害賠償義務 民間への保険加入義務化
宇宙物体登録条約 打上げ物体の国連登録義務 内閣府経由での登録手続き

国際電気通信連合(ITU)による周波数調整

人工衛星の通信には電波が不可欠ですが、電波は国境を越えるため国際的な調整が必要です。ITUでは先願主義により周波数の優先権が決まります。

注意事項:ITUへの周波数申請から実際の運用開始まで、通常2年以上の調整期間が必要です。衛星開発の初期段階から周波数確保の準備を始めることが重要です。

日本国内の主要な宇宙関連法制度

日本では「宇宙二法」と呼ばれる2つの法律が、民間の宇宙活動を規律しています。それぞれの概要と主な規制内容を解説します。

宇宙活動法(2018年11月施行)

正式名称「人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律」は、宇宙条約の要請を受けて制定されました。

宇宙活動法で必要となる主な許可

  1. 打上げ許可:ロケットによる人工衛星等の打上げ行為ごとに必要
  2. 人工衛星の管理許可:軌道上での衛星運用・管理に必要
  3. 損害賠償担保措置の承認:保険加入等による賠償責任の担保
  4. 型式認定・適合認定:ロケットや発射場の安全基準適合(事業者向け)

衛星リモートセンシング法(2020年施行)

正式名称「衛星リモートセンシング記録の適正な取扱いの確保に関する法律」は、高解像度の地球観測データの悪用防止と産業振興の両立を図る法律です。

センサー種別 規制対象となる性能基準 必要な手続き
光学センサー 地上分解能2m以下 装置使用許可
合成開口レーダー(SAR) 地上分解能3m以下 装置使用許可
ハイパースペクトル 分解能10m以下かつバンド数50以上 装置使用許可
熱赤外センサー 地上分解能5m以下 装置使用許可

電波法による周波数利用規制

人工衛星との通信には総務省の無線局免許が必要です。衛星側は「人工衛星局」、地上側は「地球局」として、それぞれ免許申請を行います。

既存衛星を利用する場合の必要手続き

他社が運用する既存の人工衛星を利用する場合、自社で衛星を打ち上げる場合と比べて手続きは簡素化されますが、それでも以下の点に注意が必要です。

1. 利用契約と権利関係の確認

チェックポイント:

  • 衛星データの知的財産権と利用許諾範囲
  • 輸出管理規制への適合(特に米国EAR規制)
  • データの再配布・二次利用の可否
  • 衛星リモセン法上の制限事項

2. 地上局の開設と無線局免許

自社で地上局を設置して衛星と直接通信する場合、電波法に基づく無線局免許が必要です。申請には以下の情報が求められます。

  • 使用する衛星の名称と周波数帯
  • アンテナ設備の仕様と設置場所
  • 通信の目的と運用計画
  • 他の無線局との干渉検討結果

3. 通信サービス利用時の届出

既存の通信衛星を使って公衆向けサービスを提供する場合、電気通信事業法に基づく届出が必要となる場合があります。

注意:自社内通信のみであれば届出不要ですが、第三者にサービス提供する場合は電気通信事業者としての届出が必要です。

独自衛星を打ち上げる場合の手続きフロー

自社で人工衛星を開発・打上げ・運用する場合、複数の許認可を並行して進める必要があります。標準的な手続きフローをご紹介します。

計画段階(打上げ3年前~)

  1. 周波数の国際調整開始
    • 総務省への相談と技術資料作成
    • ITUへの申請手続き開始
    • 既存衛星との干渉調整
  2. 衛星設計への法的要件反映
    • デブリ低減措置の組み込み
    • 暗号化等のセキュリティ対策
    • リモセン法該当性の確認

打上げ前準備(1年前~6ヶ月前)

必要な申請書類一覧

申請種別 提出先 主な必要書類 標準処理期間
打上げ許可 内閣府 打上げ計画書、安全評価書、飛行経路図 4~6ヶ月
衛星管理許可 内閣府 衛星仕様書、運用計画書、デブリ対策計画 4~6ヶ月
損害賠償措置承認 内閣府 保険証券案、最大予測被害額算定書 2~3ヶ月
無線局予備免許 総務省 無線設備仕様書、周波数調整結果 3~4ヶ月

打上げ実施と初期運用

打上げ成功後、速やかに以下の手続きを行います。

  • 宇宙物体登録:内閣府経由で国連への登録(打上げ後30日以内)
  • 無線局本免許取得:予備免許から本免許への切替
  • 初期運用データの報告:軌道要素、周波数偏差等の実測値

定常運用段階での義務

継続的な遵守事項:

  • 衛星の異常発生時の内閣府への報告
  • 衝突回避のための軌道調整と報告
  • リモセンデータの適正管理(該当する場合)
  • ミッション終了時のデブリ低減措置の実施

リモートセンシング(地球観測)衛星の許認可

地球観測衛星は最も規制が厳しい分野の一つです。高解像度データの安全保障上の機微性から、衛星リモートセンシング法による詳細な規制があります。

装置使用許可の申請プロセス

高性能な観測センサーを搭載する場合、以下のプロセスで許可を取得します。

申請に必要な主な書類

  1. 装置の技術仕様書
    • センサーの種類と性能諸元
    • 観測波長帯と分解能
    • データ取得・処理方式
  2. 不正使用防止措置計画
    • 暗号化技術の詳細
    • アクセス制御方式
    • 緊急停止機能の実装
  3. 安全管理体制
    • データ管理責任者の選任
    • 情報セキュリティ対策
    • 監査実施計画

リモートセンシング記録の取扱い規制

取得したデータの提供には厳格な制限があります。以下の提供先以外への提供は原則禁止されています。

提供先カテゴリー 具体例 提供条件
特定提供先 国の機関、地方公共団体、外国政府機関 制限なし
認定事業者 内閣府認定を受けた民間企業 認定範囲内で可能
一般事業者 上記以外の民間企業・個人 原則提供不可

記録取扱事業者認定の要件

高解像度データを第三者に提供するビジネスを行う場合、以下の要件を満たして認定を受ける必要があります。

  • 適正な事業計画と財務基盤
  • データ管理設備のセキュリティ確保
  • 提供先の本人確認・利用目的確認体制
  • 不正利用防止のための監視体制
重要:「シャッター・コントロール」条項により、国家安全保障上必要な場合、政府はデータ取得・提供の停止を命じることができます。

通信衛星ビジネスの規制と手続き

通信衛星事業は、電波法と電気通信事業法の両面から規制を受けます。周波数の国際調整が特に重要となる分野です。

周波数帯別の用途と規制

周波数帯 主な用途 規制上の特徴
L/S帯(1-4GHz) 移動体通信、IoT 地上系との共用検討が必要
C帯(4-8GHz) 固定通信、国際通信 5G等との干渉調整が課題
Ku帯(12-18GHz) 放送、ブロードバンド 降雨減衰対策が必要
Ka帯(26-40GHz) 高速データ通信 技術基準が厳格

電気通信事業法上の規制

公衆向け通信サービスを提供する場合、以下の区分により手続きが異なります。

電気通信事業の区分

  • 第一種事業(登録制):大規模な回線設備を設置する事業者
  • 第二種事業(届出制):他社の回線を利用してサービス提供する事業者
  • 届出不要:自営通信のみの場合

放送衛星事業の特別規制

衛星放送(BS・CS放送)を行う場合、放送法に基づく追加規制があります。

  • 衛星基幹放送事業者の認定(公募制)
  • 番組内容規制(放送倫理等)
  • 広告放送に関する規制
  • 放送衛星局免許の取得

GPS等の全球測位衛星システム(GNSS)や準天頂衛星システムなど、測位サービスに関わる手続きを解説します。

測位衛星サービスの特殊性

測位衛星は他の衛星サービスと異なり、以下の特徴があります。

  • 一方的な信号送信(双方向通信ではない)
  • 不特定多数への無償サービスが基本
  • 国際的な相互運用性が重要
  • 公共インフラとしての性格が強い

民間による測位衛星運用の要件

必要な手続きと考慮事項

  1. 周波数の確保
    • RNSS(無線航行衛星業務)帯域の使用
    • 既存GNSS(GPS、GLONASS等)との共存
    • 国際測位システム委員会(ICG)での調整
  2. 信号仕様の標準化
    • 既存GNSSとの互換性確保
    • 測位精度・信頼性の保証
    • 時刻同期精度の維持

補強サービス事業の展開

完全な独自GNSSの構築は困難なため、多くの民間事業者は既存GNSSの補強サービスを提供しています。

サービス種別 提供内容 必要な許認可
静止衛星型補強(SBAS) 誤差補正情報の配信 通信衛星と同様の手続き
地域型補強 特定地域での高精度化 実験局免許等
PPP-RTK配信 センチメータ級測位 電気通信事業届出

災害監視衛星の運用と法的要件

災害監視衛星は公共性が高く、迅速な対応が求められる分野です。通常のリモートセンシング衛星の規制に加え、災害対応特有の配慮が必要です。

災害時の特別措置

緊急観測時の柔軟な対応

  • 観測制限の緩和:通常の撮影禁止区域でも災害時は観測可能
  • データ提供の迅速化:認定手続きを経ずに防災機関へ提供可
  • 国際協力の優先:被災国への無償データ提供

国際災害チャーターへの参加

「International Charter: Space and Major Disasters」は、大規模災害時に衛星データを無償提供する国際枠組みです。

  • 参加により国際的信頼性が向上
  • 他国衛星データへのアクセスも可能に
  • 許可申請時の評価でプラス要因

災害対応における留意点

プライバシーと公益のバランス:

  • 被災者個人が識別可能な画像の取扱い
  • 二次災害を誘発する情報の管理
  • 報道機関への提供基準の明確化

環境・気象モニタリング衛星の規制

地球環境や気象の観測は国際協力が不可欠な分野です。データの公開性と品質保証が重視されます。

環境観測データの特徴と規制

観測対象 典型的な分解能 リモセン法適用 データ公開方針
温室効果ガス 数km〜数十km 対象外 原則公開
海面水温 1km程度 対象外 即時公開推奨
大気汚染物質 数百m〜数km 要確認 研究機関と共有

国際的なデータ共有枠組み

主要な国際協力プログラム

  • WMO(世界気象機関):気象データの無償交換
  • CEOS(地球観測衛星委員会):観測の調整と標準化
  • GEO(地球観測グループ):統合的な地球観測システム構築

気象業務法との関係

民間による気象観測・予報には以下の配慮が必要です。

  • 気象庁との連携・データ提供協力
  • 公式予報との混同を避ける表現
  • 防災情報としての責任ある発信

農業支援における衛星利用の手続き

精密農業(スマート農業)の普及により、衛星データの農業利用が拡大しています。既存サービスの活用が中心となる分野です。

農業分野での衛星活用パターン

主な利用形態と必要手続き

利用形態 サービス例 必要な手続き
衛星画像解析サービス 作物生育診断、収量予測 データ利用契約のみ
衛星測位による農機制御 自動運転トラクター 機器の技適確認
IoT衛星通信 圃場センサーデータ収集 端末の包括免許確認

営農データの取扱い注意点

衛星データから得られる営農情報には慎重な取扱いが必要です。

  • データの帰属:農家の営業秘密に該当する可能性
  • プライバシー保護:個別圃場の情報管理
  • 公平性の確保:特定農家への情報独占の回避

農水省のガイドラインとの整合

参照すべきガイドライン:

  • 農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン
  • スマート農業の推進に向けた施策
  • 農業データ連携基盤(WAGRI)との連携指針

海洋観測衛星の許認可と国際協調

海洋は国際公共財であり、観測データの共有が特に重要視される分野です。船舶監視(AIS)など安全保障に関わる要素もあります。

海洋観測の種類と規制

観測種別 主な用途 特有の規制・配慮事項
海色観測 プランクトン分布、水質監視 低解像度のため規制は緩い
海面高度計測 海流予測、津波検知 防災情報としての即時性
衛星AIS 船舶動静監視 海上保安庁との連携必要

衛星AISの特別な配慮事項

船舶情報取扱いの注意点

  • 安全保障上の配慮:軍艦等の位置情報の秘匿
  • 商業上の機密:特定船舶の航路情報保護
  • 国際海事機関(IMO)ガイドライン:プライバシー保護基準

排他的経済水域(EEZ)での観測

宇宙からの観測は自由ですが、以下の点に配慮が必要です。

  • 沿岸国の資源探査と誤解されない活動内容
  • 漁業情報の公平な提供
  • 環境保護目的の明確化

IoT連携衛星通信サービスの法的要件

低軌道衛星コンステレーションによるIoTサービスは、今後急成長が見込まれる分野です。大量の端末管理と国際展開が課題となります。

衛星IoTサービスの構成要素

システム全体で必要な許認可

  1. 衛星側
    • 宇宙活動法:打上げ・管理許可
    • 電波法:人工衛星局免許
    • ITU:周波数の国際登録
  2. 地上設備
    • ゲートウェイ局の無線局免許
    • ネットワーク設備の技術基準適合
  3. 端末側
    • 技術基準適合証明(技適)
    • 包括免許による簡易な利用

周波数利用の効率化

周波数帯 特徴 適した用途 規制上の課題
VHF/UHF帯 伝搬特性良好 低速データ 地上系との干渉
L帯 建物透過性 移動体通信 既存衛星との共用
S帯 バランス型 中速データ 5Gとの調整

グローバル展開時の規制対応

各国での認可取得:

  • サービス提供国ごとの周波数使用許可
  • 端末の各国技術基準認証
  • データローカライゼーション法への対応
  • 輸出管理規制(特に暗号技術)

まとめ:スムーズな事業展開のための要点整理

人工衛星を活用したビジネスを成功させるには、複雑な法規制を理解し、計画的に手続きを進めることが不可欠です。

成功のための5つのポイント

  1. 早期の周波数確保:ITU調整には2年以上必要。開発初期から着手を。
  2. 包括的な法令理解:宇宙二法だけでなく、電波法、事業法も重要。
  3. 国際協調の重視:宇宙活動は国際的。各国規制との整合性確保を。
  4. 安全保障への配慮:特にリモセンは機微技術。適切な管理体制構築を。
  5. 継続的な遵守:許可取得後も報告義務やデブリ対策など責任は続く。

分野別クイックリファレンス

事業分野 主要な許認可 所要期間目安 主な所管官庁
リモートセンシング 装置使用許可、記録取扱認定 6-12ヶ月 内閣府
通信・放送 無線局免許、事業登録/届出 4-8ヶ月 総務省
測位・航法 特殊な追加規制は少ない 基本手続きのみ 内閣府・総務省
IoT 包括免許、端末技適 3-6ヶ月 総務省

よくある質問(FAQ)

Q: 小型衛星でも全ての許可が必要ですか?
A: はい、衛星の大きさに関わらず宇宙活動法の許可は必要です。ただし、超小型衛星(CubeSat等)で通信機能が限定的な場合、一部手続きが簡素化される場合があります。
Q: 外国の衛星データを日本で販売する場合の規制は?
A: 高解像度データ(光学2m以下等)を扱う場合、衛星リモセン法の記録取扱事業者認定が必要になる可能性があります。事前に内閣府へ相談することをお勧めします。
Q: 許認可の取得にかかる費用はどの程度ですか?
A: 申請自体の手数料は比較的安価ですが、必要な技術資料作成、保険加入、コンサルティング費用等を含めると、数千万円規模の予算が必要となることが一般的です。
Q: 海外企業との共同事業の場合、どちらの国の法律が適用されますか?
A: 打上げ国、衛星の登録国、管制を行う国、サービス提供国それぞれの法律が関係します。事前に適用法令を明確にする契約が重要です。

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